大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和45年(オ)297号 判決

上告人

東京海上火災保険株式会社

右代表者

長崎正造

右訴訟代理人

吉田精三

外二名

被上告人

コニンクライケ・ジヤバ・チヤイナー・バケツトフアート・

ライネン・ビー・ヴイー・アムステルダム

(ローヤル・インターオーシヤン・ラインズ)

日本における代表者

エフ・ジエ・エー・ヘンス

右訴訟代理人

平林真一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人吉田精三、同忽那隆治、同赤木文生の上告理由第一点について

本件訴訟は、上告人が次のような事実、すなわち、(一) 日本の輸入業者である株式会社南洋物産(以下「南洋物産」という。)は、ブラジル国の輸出業者であるインスチチユート・ド・アリカル・エ・ド・アルコール(以下「インスチチユート」という。)から本件原糖を買い受けたところ、インスチチユートは、その荷送人として、オランダ国アムステルだム市に本店をおき日国本内に営業所を持つ海運業者である被上告人と海上運送契約を締結し、被上告人から本件船荷証券の発行・交付を受け、これを荷受人である南洋物産に交付した、(二) 一方、被上告人は、本件原糖をその所有船チサダネ号に船積してブラジル国サントス港から大阪港まで海上運送したが、チサダネ号の発航当時、これを堪航能力及び堪貨能力のある状態におくことについて注意義務を怠つたため、多数の袋に海水濡れを生じ一六〇万円を下らない原糖の毀損を生じさせたので、南洋物産に対し運送契約上の債務不履行責任又は不法行為責任に基づき右損害賠償義務を負うに至つたものであるところ、上告人は、南洋物産との間に締結した本件原糖を保険目的とする積荷海上保険契約に基づき、一三七万六一八〇円の保険金を支払つて南洋物産の被上告人に対する右損害賠償請求権を代位取得した、との事実を主張して、被上告人に対し右同額の損害賠償金及びこれに対する商事法定利率による遅延損害金の支払を求めて、被上告人の営業所所在地を管轄する神戸地方裁判所に提起したものであるが、被上告人は、本件船荷証券には「この運送契約による一切の訴は、アムステルダムにおける裁判所に提起されるべきものとし、運送人においてその他の管轄裁判所に提訴し、あるいは自ら任意にその裁判所の管轄権に服さないならば、その他のいかなる訴に関しても、他の裁判所は管轄権を持つことができないものとする。」旨の英文の管轄約款(以下「本件管轄約款」という。)が存在し、本件管轄約款は国際的専属的裁判管轄の合意であるから、本件訴訟については、アムステルダム市の裁判所が専属管轄権を有し、神戸地方裁判所は裁判権を有しないとの本案前の抗弁を主張したものである。

原審は、上告人主張の前記(一)の事実及び被上告人の本件管轄約款に関する主張事実を認めたうえ、(一) 本件国際的裁判管轄の合意の有効性の判断は、法廷地であるわが国の国際民訴法によつて決定されるべきものであるところ、インスチチユートが本件船荷証券の交付を受けた際に特に本件管轄約款によらない旨を表示し又はその後に本件管轄約款に関し異議を述べたことを認めるに足りる証拠がなく、本件管轄約款は、被上告人とインスチチユートの間において、本件運送契約による運送中に生じた損害賠償を求める訴訟につき、それが債務不履行を理由とするか不法行為を理由とするかを問わず、すべてわが国の裁判権を排除してアムステルダムの裁判所を第一審の専属管轄裁判所として指定する旨の合意として成立したことが明白である、(二) 右の趣旨の合意は、わが国の裁判権に専属しない事件に関するものであり、かつ、当該外国法上でその国の裁判所が当該事件につき管轄権を有することが明らかである限り、原則として有効であると解すべきところ、本件はわが国の裁判権に専属しない事件であり、かつ、アムステルダムの裁判所は被上告人が被告として提起されるべき本件と同種の訴訟について法定の管轄権を有することが明らかであるから、本件国際的専属的裁判管轄の合意は有効であり、本件管轄約款を記載した本件船荷証券上に荷送人であるインスチチユートの署名は存在しないが、この一事によつてその効力が左右されるものではない、(三) いわゆる船荷証券統一条約及びこれに基づく国内法である国際海上物品運送法の精神に照らすと、船荷証券上の裁判管轄約款は、それが運送人による免責約款濫用防止のために本来適用されるべきいわゆる公序法の適用を免れることを目的とし、又は企業者としての経済的優位を不当に利用し合理的範囲を超えて運送人に偏益するなどの場合には、無効とされるべきであるが、本件の事実関係のもとにおいては、いまだ、本件管轄約款が公序法に違反すると認めるに足りない、(四)本件管轄約款による管轄の合意の効力は、対象とされた法律関係が当事者間においてその内容を自由に定められる性質のものであるから、インスチチユートの特定承継人である上告人にも及ぶと判示し、被上告人の前示抗弁を容れて、本件訴を却下すべきものとした。

一  所論は、国際的裁判管轄の合意についても、民訴法二五条二項所定の管轄の合意と同様、書面をもつてすることを要すると主張するが、国際民訴法上の管轄合意の方式については成文法規が存在しないので、民訴法の規定の趣旨をも参しやくしつつ条理に従つてこれを決すべきであるところ、同条の法意が当事者の意思の明確を期するためのものにほかならず、また諸外国の立法例は、裁判管轄の合意の方式として必ずしも書面によることを要求せず、船荷証券に荷送人の署名を必要としないものが多いこと、及び迅速を要する渉外的取引の安全を顧慮するときは、国際的裁判管轄の合意の方式としては、少なくとも当事者の一方が作成した書面に特定国の裁判所が明示的に指定されていて、当事者間における合意の存在と内容が明白であれば足りると解するのが相当であり、その申込と承諾の双方が当事者の署名のある書面によるのでなければならないと解すべきではない。論旨は、採用することができない。

二  所論は、本件管轄約款が専属的合意であることが明確ではないと主張するが、本件訴訟については、被上告人の本店所在地であるアムスルテダム市の裁判所及びその営業所所在地を管轄するわが国の裁判所がいずれも法定の管轄権を有すると解されるところ、本件管轄約款はそのうち前者のみを残して他の裁判所の管轄権を排除する趣旨であることが明らかであり、かような管轄の合意は専属的合意と解するのが相当である。これと同旨の原審の認定判断は、正当として是認することができる。

同第二点について

一  ある訴訟事件についてのわが国の裁判権を排除し、特定の外国の裁判所だけを第一審の管轄裁判所と指定する旨の国際的専属的裁判管轄の合意は、(イ) 当該事件がわが国の裁判権に専属的に服するものではなく、(ロ) 指定された外国の裁判所が、その外国法上、当該事件につき管轄権を有すること、の二個の要件をみたす限り、わが国の国際民訴法上、原則として有効である(大審院大正五年(オ)第四七三号同年一〇月一八日判決・民録二二輯一九一六頁参照)。

所論は、当該外国の裁判所が同種の管轄の合意を有効と判断することを要すると主張するが、前記(ロ)の要件を必要とする趣旨は、かりに、当該外国の裁判所が当該事件について管轄権を有せず、当該事件を受理しないとすれば、当事者は管轄の合意の目的を遂げることができないのみでなく、いずれの裁判所においても裁判を受ける機会を喪失する結果となるがゆえにほかならないのであるから、当該外国の裁判所がその国の法律のもとにおいて、当該事件につき管轄権を有するときには、右(ロ)の要件は充足されたものというべきであり、当該外国法が国際的専属的裁判管轄の合意を必ずしも有効と認めることを要するものではない。本件において、原審の確定したところによれば、アムステルダムの裁判所が本件訴訟につき法定管轄権を有するというのであるから、原判決が所論の点について判示しなかつたことをもつて、所論の違法があるとはいえない。

二  所論は、国際的専属的裁判管轄の合意が有効と認められるためには民訴法二〇〇条四号の相互の保証のあることを要すると主張する。しかしながら、外国判決により当該外国において強制執行をすることは一般的に可能であり、相互保証が存在しないためわが国における右外国判決による強制執行が不能であるとしても、前記一(ロ)の要件を欠く場合とは異なり、権利の実現が全く閉ざされることとなるものではなく、管轄の合意は本来判決手続についてされるべきものであるが、当事者は、その合意をするにあたつて、当該外国における強制執行の実効性を考慮しうるし、また、この強制執行のため費用等の負担の増大をきたすことがあるが、かかる負担の増大は、管轄の合意に伴う附随的結果にほかならない。したがつて、わが国の裁判権を排除する管轄の合意を有効と認めるためには、当該外国判決の承認の要件としての相互の保証をも要件とする必要はないものというべきであり、このように解しても当事者が右合意によつて通常意図したところは十分に達せられるというべきである。論旨は、採用することができない。

同第三点について

所論の点に関する原審の認定判断もまた、正当である。原審は、本件管轄約款の趣旨を合理的に探究してその管轄の合意の対象となる法律関係についての当事者の意思が原判示のとおりであると認定したのであつて、債務不履行に基づく損害賠償請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権との競合を否定する趣旨を判示したのではなく、右の管轄の合意が本訴についてのわが国の裁判権を排除する効力を有するかどうかの本案前の抗弁に対する判断にあたり、法廷地であるわが国の国際民訴法がその準拠法となる旨を判示したのにすぎないのである。所論は、原判決を正解せず、独自の見解に基づいて原審の判断を非難するものであり、論旨は採用することができない。

同第四点について

被告の普通裁判権を管轄する裁判所を第一審の専属的管轄裁判所と定める国際的専属的裁判管轄の合意は、「原告は被告の法廷に従う」との普遍的な原理と、被告が国際的海運業者である場合には渉外的取引から生ずる紛争につき特定の国の裁判所にのみ管轄の限定をはかろうとするのも経営政策として保護するに足りるものであることを考慮するときは、右管轄の合意がはなはだしく不合理で公序法に違反するとき等の場合は格別、原則として有効と認めるべきである。したがつて、被上告人の本店所在地の裁判所を専属的管轄裁判所として指定した本件管轄約款は、所論指摘の諸点を考慮に入れても、公序法に違反する無効なものであるということはできない。これと同趣旨の原審の判断は正当であり、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(高辻正己 関根小郷 天野武一 坂本吉勝 江里口清雄)

上告代理人吉田精三、同忽那隆治、同赤木文生の上告理由

第一点

一、原審は、第一審と同様、

1 国際的裁判管轄の合意の有効性を判断するについての準拠法は、これを問題にする法廷地たる日本の国際民事訴訟法によつて決定さるべきこと。

2 わが国においては、国際民事訴訟法ともいうべき成文法規は存しないから、民事訴訟法第二五条の法意を按じて、合意の成立の有無を決定すべきこと。

の前提に立ちながら、本件船荷証券裏面記載の条項中に存在する英文の裁判管轄に関する約款(本件管轄約款)は、本件請求に関し、わが国の裁判権を排除するに十分であると判断している。

然しながら、この判断は、民事訴訟法第二五条第二項の解釈(ないしはその法意の把握)を誤つたもので、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。

二、すなわち、民事訴訟法第二五条第二項は、裁判管轄の合意について書面によるべきことを要求している。この要件は、かような合意が当事者の利害に重大な影響を及ぼすので、特に当事者をして慎重に考慮させると共に、その真意の明確な客観化を期する趣旨である。内国の裁判管轄において然り、国際的裁判管轄においてその影響はいつそう深刻であるから、本来右要件は、よりいつそうの妥当性を以て、厳格に適用さるべきものである。

然るに、原審は、第一審と同様、渉外的取引においては、右要件は「緩和」され書面によることを要しないものとしているが、若しそうならば、問題の管轄約款において用いられた文言が、内国の裁判管轄を完全に排除するもの(専属的合意)として、明確であり疑義を容れる余地なきものかどうか、またその合意は、当該取引の背景事情に照し「合理的」であるかどうか、を厳に吟味し、以て同条の法意が貫かれて然るべきである。

二、一般に船荷証券の裏面約款なるものは、典型的な附従契約であり、その内容は全く運送人が一方的に定めた極細字の免責約款の羅列であつて、いわゆる「契約締結上の勢力の不平等」が如実に反映すること、これに過ぐるものはないといつてよいほどのものである。運送人側としては、荷主の盲目的な附従を利して、自己の利益のためにどのような不平等なことでも約款の内容として、その「一括採用」を迫ることができる。荷主側としては、かような附従約款に含まれた曖昧さを吟味し運送人に対してその真意につきただす機会なく、「一括採用」か「一括拒否」かの択一を迫られるのである。

かような附従約款によつて、国際的専属管轄の合意の成立を認め得るとすれば、約款に用いられた文言の明確性は最少限の要請たるべきである。「曖昧な約款は作成者の不利に」という附従約款の解釈原則は、管轄約款について、それが競合的裁判管轄又は専属的裁判管轄の何れを定めたものか、またそれは国際的専属管轄の趣旨であるか否か、という観点から、関連する文言を厳に吟味のうえ、適用されねばならない。この解釈原則に服せしめることは、本件におけるように管轄約款が附従約款(附合契約)の一部としての規定である以上、当然の考慮であるし、それはまた民事訴訟法第二五条第二項の法意上避け得ないところというべきである。

三、然るところ、本件管轄約款は、その文言において、オランダ以外の国の裁判権を絶対的に排除するものであるというような直截の警告的の表現は何等用いられていないのである。

(本件管轄約款の後段において、「他の裁判所は他のいかなる訴訟に関しても管轄権を有しないものとする」“no other court shall have jurisdiction with re-gard to any other action”とある部分の「他の裁判所」に対応するのは、同約款前段の「アムステルダムの裁判所」“the Court at Amsterdam”であり、「他のいかなる訴訟」に対応するのは、同じく前段の「この運送契約に基づく一切の訴」“All actions under this contract of carriage”であつて、この謎めいた文章を国際的専属管轄が定められた趣旨と理解することには重大な疑問がある。少くとも、本件管轄約款は、その文言どおりに読めば、国際的専属管轄を定めるものとしての意図を直ちにうかがい得ない曖昧さを含むものであるから、その曖昧さはかかる附合約款の作成者たる運送人の不利に解釈さるべきものであること、上告人が原審でくり返し指摘したところであるのに、原審は第一審と同様、この点に関する判断を全く欠いている。)

のみならず、同じ船荷証券裏面約款においては、運送品の引渡地国(本件の場合わが国である)の強行法的規制を受けることを予定した条項を含み、また本件チサダネ号はオランダ国の如何なる港にも寄港する機会のない航路に反覆就航していたこと等の事情からすれば、本件管轄約款が国際的専属管轄を定める趣旨であるとの解釈に導く合理的な根拠は何もないのであつて、原審の判断はこの点において根本的に誤つている。

四、要するに、原審は、「民事訴訟法第二五条の法意を按じて」国際的裁判管轄の合意の成否を決すべきものとしているが、同条の法意からすれば、附合約款としての管轄約款については、まず文言の吟味が慎重になさるべきところ、原審はこれを等閑に付しているのであるから、同条第二項の解釈適用ないしはその法意の把握を誤つたか、または理由不備の違法あるものといわれねばならない。

第二点

一、国際的専属管轄の合意の有効性を判断するについては、民事訴訟法第二〇〇条の法意にそつて、かかる合意により選定された国の裁判所が外国裁判所を裁判籍とする同種の合意を有効とみるかどうかを、審査すべきであるに拘らず、原審がこれを不問としていることは、審理不尽を免れない。

二、民事訴訟法第二〇〇条は、外国判決の承認の要件を定めているが、本件管轄約款が専属的合意であるのなら、これによつて選定された裁判所(アムステルダムの、すなわちオランダ国の裁判所)の判決の効力がわが国でも承認し得るものであるかどうかを、同条の要件に照して審査する必要があらう。けだし、わが国においてその判決を承認し得ない国の裁判所を専属管轄とする合意を認めることは、結局において権利保護を拒否するに等しいからである。原審は、そのような考慮は不要とする立場を採つているようであるが、仮りにその立場に従うとしても、民事訴訟法第二〇〇条第四項が相互主義(互恵主義)を採る精神から考えて、本件の場合、オランダ国の裁判所が、日本の裁判所を専属管轄とする同種の合意を有効と認めているかどうか、についての審理は省かるべきでない。

三、オランダ国の最高裁判所が本件におけると同種の管轄約款を無効視していることは、原審において上告人が指摘したところである(「原告第八準備書面」、「甲五号証」、「証拠説明」参照)。にも拘らず、原審は前記の相互主義あるいは国際礼譲の見地から当然考慮さるべき要件についての審理を尽すことなく、本件管轄約款は有効との結論に至つており、この点審理不尽といわねばならない。

第三点

一、原審は、本件管轄約款に表示された「この運送契約による一切の訴」は、不法行為による請求をも含むものと解している。

右解釈は、運送契約の債務不履行に基づく賠償求請権と不法行為に基づく賠償請求権との競合を認める判例に反する立場を採つたものであり、また法例第一一条及び民事訴訟法第一五条の解釈を誤つたものである。

二、すなわち、右両請求権が当然競合することを肯定する判例(昭和四四年一〇月一七日最高裁判所第二小法廷判決、昭和四三年(オ)五八号事件・昭和三八年一一月五日最高裁判所第三小法廷判決、昭和三五年(オ)一四五六号事件)の立場からすれば、運送人の不法行為責任は、不法行為に従い、運送人の運送契約に基づく債務不履行責任とは別個に、これと競合して成立するものであり、また本件におけるような渉外的法律関係にあつては、法例第一一条の適用により、不法行為の準拠法は、運送契約の準拠法とは無関係に、決定されるべきものである。

従つて、約款によつてあらかじめ不法行為に基づく訴についての管轄を定めるというようなことは、不法行為について準拠法を指定することと同様、認め得ないことであるに拘らず、原審が不法行為に基く請求も、債務不履行に基づく請求と原因事実が同一である以上は管轄約款に服すると判断しのは、前記判例に反する立場を採つたものであるし、法例の解釈を誤つたものというべきである。

三、少くとも、不法行為に基づく請求については、法例第一一条を適用して準拠法を決定することが先決問題であるのに、原審がその点の判断を示すことなく、直ちに本件管轄約款による合意の対象に不法行為による請求を含むとしていることは、理由不備を免れないというべきであらう。

四、原審は、本件管轄約款による合意の対象に不法行為による請求が含まれるので、その結果として民事訴訟法第一五条の定める裁判籍は剥奪されると解しているようであるが、これは同条の解釈ないしは法意の把握を誤つたものである。

五、然らずとしても、不法行為に基づく請求権が、運送契約に基づく請求権と競合して成立するものである以上、約款が不法行為に基づく請求について専属的管轄を定めていると解するについては、その解釈するに足りる文言が約款において用いられていなければならない(例えば「国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約」――いわゆるワルソー条約――の第二四条における用法のように、「責任に関する訴は名義のいかんを問わず」とあるべきところである)。

本件管轄約款においては、「この運送契約に基づく一切の訴は」という表現が用いられており、少くともこの文言からみて、不法行為に基づく訴を含むとする根拠はない。むしろ管轄合意の対象たる訴は運送契約に基くものとして限定されているに拘らず、原審は右文言があたかも「運送人の責任に関する一切の訴訟」であつたかのように読み代えて、「本件裁判管轄約款による合意の対象に不法行為による請求を含まないとすれば、裁判所がその請求を債務不履行として構成するか、不法行為として構成するかによつて本件約款の適用が左右されることになり、かかる結果はまことに不合理であり、右約款の本旨にそわないというべきである」と理由づけているが、何故「まことに不合理」なのか、「右約款の本旨」とは何であるのか、何等説明を加えていない。

同一の事実関係に基づく請求が、債務不履行としても不法行為としても構成され得るし、国際海上物品運送法は運送人の運送契約に基づく債務不履行責任に関して適用されるが、運送人の不法行為による損害賠償の請求については、その適用がないというのが、前記判例である。従つて、「本件裁判管轄約款による合意の対象に不法行為による請求を含まないとすれば」、本件管轄約款の適用が左右される結果となるのは、請求権競合説の当然の帰結であつて、かかる結果が「不合理」ということは、請求権競合説そのものの不合理をいうにほかならないであらう、また「約款の本旨」というが、附従約款は元来作成者たる企業の利益に奉仕することを唯一の目的として作成されるのであるから、作成者の立場に同調して「約款の本旨」をいうのは簡単である。然し作成者と顧客圏の双方に共通のものは約款において客観化された文言だけであつて、顧客圏にとつてはその約款における表現によつてしか「約款の本旨」は知り得ないのである。

第四点

一、原審は、第一審と同様、

1 船荷証券統一条約(ないしはこれに基づいて立法された国際海上物品運送法)は、公序法であること。

2 従つて、運送人の責任を不当に軽減し、荷主側に不法な不利益をもたらすような船荷証券上の約款は、公序法に違反するから無効たるべきこと。

を原則として認める立場を採りながら、本件におけるような船荷証券上の管轄約款は、わが国の裁判所の裁判権を排除するものとして有効であるとし、「外国裁判所に提訴することに要する費用も、訴訟を提起し、維持するために当然負担すべきものに属し、そのため荷送人らが特に不利益を被るとはいえない」からであるという。

然しながら、この判断は、公序法たる船荷証券統一条約の解釈を誤つたものである。

二、船荷証券上の外国裁判所の専属管轄を目的とする約款によつて、荷主側のこうむる不利益は、現実に訴訟提起した場合の費用負担が加重されるということに止るものではない。多くの事件においては、係争金額に比して余りにも余計な費用と手数を要する故に、条約上当然運送人が有責たるべき事案でも、その責任を追及する機会は封じられることとなる。逆に、運送人側としては、かような圧力を利用して、常により安価な示談を獲得することとなるのである。(この点は、米国の判決では正当に認識され指摘されており、船荷証券上の管轄約款を無効とする論拠とされている。甲第一三号、第一四号証参照。ちなみに、米国では船舶に対する対物訴訟手続があり、この手続によつて運送人を訴追した場合は、何れにせよ管轄合意は認められない。「ジュリスト」第四四四号、坪田潤二郎「国際紛争解決に関する合意の効力」参照。かような訴訟手続を利用し得べくもないわが国での場合、管轄約款のもたらす効果はいつそう重大である。)

三、従つて、本件管轄約款は、若しこれを有効視するならば、前記条約の定める免責約款の禁止を実質上骨抜きにするものである。これに対して、かような約款を有効とすれば、運賃が低廉化し顧客圏の利益となつて反射してくるであらうという期待の下に、その合理性を唱える立場があるが、運賃が低廉化するにしても、それは多くの荷主の権利実現が妨げられたことの結果に過ぎず、顧客圏全体としては何等の利益になるものでもない。

四、要するに、本件管轄約款を具体的に適用した場合に生ずべき事態を現実的に考察するならば、かかる約款の本質は、前記条約の禁止するいかなる実体上の免責規定よりも運送人にとつて不当に有利であり荷正にとつては極端に不利であることが知られるにも拘らず、原審が表面的の観察に終始してこれを公序に違反するものではないとしているのは、結局公序法の解釈を誤つたものである。

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